スポーツ動作の多面的研究

学校教育に活用することを目的としたスポーツ動作の多面的研究:坂井伸之

 今年度はテニスと卓球を中心に、スポーツ動作の研究を行いました。主な成果を2つ紹介します。

卓球のフォアドライブにおける下肢・体幹・上肢の連動(笹田圭一(4年)他)

sports_2.jpg図1
sports_1.jpg図2

【理論】
 図1のように、並進運動している棒の一端を止めると、他端が加速します。これは、剛体棒の運動方程式から理論的に導くことができます。我々はこの現象を「ブレーキ効果」と呼び、体の末端を加速させる主要なメカニズムの1つであると考えています。
 卓球のフォアドライブでは、上腕・前腕(図2参照)・手に連続的に働く3段階のブレーキ効果によって、ラケットが加速するという仮説を立てました。ブレーキ効果で加速するということは、肩や腕の筋力によって腕を意図的に動かすのではなく、体幹を回転させ、それが止まることによって腕が自然に加速することです。
 体幹を回転させようとすると、つい腰回りの筋力でひねりがちですが、内力による回転では体全体の角運動量は増加しません。体全体の角運動量を増やすためには、脚を開いて膝を曲げ、膝を大きく動かして地面からの力(外力)で角運動量を稼ぐ必要があります。また、膝を使った回転はある程度回ったら自然に止まるので、下肢・体幹・上肢を連動させれば、まず肩が自然に減速し、上腕・前腕・手に3段階でブレーキ効果が働くと予想されます。

【実験】
 動画1は熟練者のフォアドライブです。右の動画は、tf-openpose2次元データから3次元データを構築するAI技術)によって構築された骨格の動きです。理論的に予想されたように、膝を大きく動かして体幹を回転させています。そして、右膝と右肩、左膝と左肩がほぼ同じ運動をしていることから、膝から肩までがほぼ一体となって運動していることが分かります。また、上腕も打つ直前まであまり動いていません。つまり、肩や腕の力ではなく、ブレーキ効果によってラケットの高速運動が実現されています。

sports_c.png動画1:熟練者のフォアドライブ

 動画2は非熟練者のフォアドライブです。上で説明した点が、熟練者と大きく異なっていることがわかります。

sports_d.png動画2:非熟練者のフォアドライブ

 初心者は、つい腕だけ動かして球を追いかけがちになります。下肢と体幹をしっかり動かすフォームを習得するためには、球を打たない素振りが効果的な練習です。

テニスのサーブにおける「外旋→回外→内旋・伸展」のメカニズム(安原拓哉(M1)他)

【理論】
 テニスでもブレーキ効果が主要なメカニズムであることには変わりありません。しかし、卓球に比べてテニスはラケットが重く、大きな力を必要とするため、肩甲骨周辺部と上腕も動かして、それらにもブレーキ効果も働かせる必要があります。そのため、卓球に比べて上肢の運動が複雑になります。

sports_3.jpg図3:腕の内旋・伸展による加速メカニズム

 力学モデルによって理論的に検討した結果、インパクトの直前に、図3のように曲げた腕を内旋させながら伸展させると、角運動量保存則とブレーキ効果によってラケットが急加速することがわかりました。そして、素速く内旋させるためには、その直前に、肘を屈曲させてから上腕・前腕を反対向きにひねる外旋・回外を連続する必要があります。このように、力学モデルによる考察により、インパクトの瞬間から逆算的に、最適な動作を予測することができるのです。

【実験】
 動画3は熟練者のサーブです。肘を屈曲させて大きく外旋・回外しているのが特徴です。そのことは、ラケットの向きの変化にも現れています。その直後の内旋・伸展により、ラケットが急加速しています。

sports_a.png動画3:熟練者のサーブ 

 動画4は非熟練者のサーブです。内旋はしていますが、その直前の外旋・回外が小さいため、勢いがありません。

sports_b.png動画4:非熟練者のサーブ 

 従来から、インパクトの瞬間の内旋の重要性は指摘されていましたが、その力学的メカニズムは謎でした。我々の研究により、そのメカニズムが理論と実験で解明され、重要なのはむしろその予備動作であることが明らかになりました。
 この時の筋肉の働きを詳しく調べるため、現在筋電計を使った実験を進めています。 

本研究の背景

 体育・スポーツは、できる人はすぐに上達する一方で、いくら指導を受けて練習しても全く上達しないことよくあります。これは、努力すれば誰でもそれなりに知識や技能が向上する他の教科と異なります。このことは、小中高の学習指導要領にも表れています。各教科には「知識・技能」に関する目標が定められています。体育も目標は書かれていますが、「体力や技能に応じて」というただし書きが繰り返され、誰もが到達すべき技術的目標には触れていません。つまり、体育は他の教科と異なり、「誰ひとり取り残さない」ことを学習指導要領の段階で放棄している、と言っても過言ではありません。
 その理由は単純です。運動のしくみが理解されていないから、できない人ができるようにする方法論が構築されていないのです。長年スポーツ科学で身体運動のしくみは研究されているはずなのに、なぜ学校教育に活用できる知見がほとんど蓄積されていないのでしょうか?
 それは、従来のスポーツ科学では、「科学的研究」と「指導法研究」が別々に行われていたからです。主な体育系学会の大会では、この2つに関する研究発表は別々のセッションで行われます。これまでの「科学的研究」とは基本的に測定実験、「指導法研究」とは経験に基づくものであり、それをつなぐ研究がなかったのです。
 本研究は、物理法則と単純なモデルによって理解を積み重ねる「理論研究」を軸に、実験によって検証し、誰もが基本技術を習得できるような指導法を構築する新しい研究です。情報科学分野の西井淳教授と生物学分野の原田由美子助教の協力の下、実験を含む研究を今年度から本格的に開始しました。