インタービューアー(以下、イ):今日はゾウリムシの研究をされている藤島先生に、いろいろお話を伺いたいと思います。
よろしくお願いします。
藤島 政博先生(以下、藤):よろしくお願いします。
ゾウリムシってどういう生き物なのでしょう?
イ:(↓) これがゾウリムシですか。埃の混ざっている水のようにしか見えませんね

藤:1ミリの1/5の大きさですからね。この中に数万匹入っているのですよ。
イ:ゾウリムシっていつ頃からいる生き物なのですか?
藤:化石に残りにくい生き物なんですが、松脂の中に閉じ込められた2億3000万年前の化石が見つかっています。
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イ:中学校の時に教科書で見ました。草履の底のようなペロンとした微生物ですよね。
藤:平たくないですよ。さつま芋みたいなずんぐり型で、全身繊毛に覆われています。 頭の方に向かって繊毛を使ってクロールのように泳ぎます。時速7mです。 ゾウリムシの大きさを考えればなかなかのスピードです。壁にぶつかると繊毛を逆回転させてバックします。
イ:思っていたものとイメージが違うようです。 草履がヒラヒラ泳ぐような感じかと思っていました。
藤:草履とかスリッパとか、踏みつけられる名前ばかりでかわいそうなんですよ。
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ゾウリムシ↑(真中) 欧米ではスリッパ虫と 言われるそうです。 確かに似てます。
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イ:ゾウリムシの寿命はどれくらいですか
藤:たとえば和名がゾウリムシと呼ばれているパラメシウムカウダーツム(Paramecium caudatum)だと0歳から数えて700回の細胞分裂で死滅します。 その0歳がどこから始まるかというと、そこがちょっと複雑で・・・ まず、ゾウリムシにもオスメスがあるんです。
イ:あるんですか!?
藤:あるんです。
細胞に核のある生物の中で、その細胞自身に性があるというものはゾウリムシで初めて発見されました。
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ただ、見た目では区別がつかないんですがね。 パラメシウムカウダーツムの場合だとO型・E型と呼び分けます。 見た目では区別が付かなくとも有性生殖能力を持ったものを適切な条件で一緒に混ぜ入れると、接合・受精を行います。そして受精核から新品の核が作り直される。 この時点が「0歳」なんです。
イ:え・・・え?
藤:細胞の形は親のものを使っていますが、中身は次の世代なんです。 有性生殖によって若返りが起こったということなのです。
イ:若返るのですか!?
では、「若返り」しなかった場合はどのくらいの寿命ですか?
藤:パラメシウムカウダーツムだと1回の分裂に約8時間かかりますから6、7ヶ月が寿命ということになりますね。
イ:「若返り」を繰り返せば、同じゾウリムシがずっと生き続ける可能性があるということなのですか。
藤:そうなんです。面白いでしょう。
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世界一きれいな ゾウリムシの写真
(Fujishima, Hiwatashi, J. Exp. Zool., 1977)。
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細胞内共生とは?

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藤:他の生物を自分の細胞の中に取り込んで長期間維持する現象を細胞内共生と言います。 私の研究室ではその細胞内共生が成立する仕組みをゾウリムシを使って調べています。 細胞内共生は生物の進化にとても重要な現象で、例えば我々の体細胞に持ってるミトコンドリア。これももとはバクテリアだったものが細胞内共生してミトコンドリアになったものですし、葉緑体は光合成を行うバクテリアが細胞内共生してできたものです。 細胞内共生という現象は、約20億年前に初めて行われたと考えられてます。その後も繰り返し細胞内共生は行われ続けています。 |
藤:生物の進化の仕組みには大きく二通りあって、 一つは、特然変異を蓄積して子孫に伝え、ある時点で突然新たな機能を持った遺伝子を獲得し進化するというもの。ものすごく時間のかかるやり方です。 もう一つは、自分の遺伝子を変えるのではなく、別の種類の生物を飲み込み、その遺伝情報を丸ごと手に入れるというもの。それが細胞内共生です。 例えば、私たち人間が植物を細胞内共生させると、光合成できる人間になり、食べなくても日光浴していれば生きていける体になるということですね。
イ:光合成できる人間ですか 学食はサンルームになりそうですね。
藤:窓際や蛍光灯の真下の席が人気になるでしょうね。
藤:実際そういうふうに進化してきた生物は世界中にたくさんいます。 ミドリムシという微生物がいます。葉緑体を持っていて、食品化の話題でマスコミで も取り上げられた役に立つ原生生物ですが、ミドリムシの持つ葉緑体は元々は他の生物の葉緑体を細胞内共生で獲得した葉緑体なのです。単細胞の植物を飲み込 み、その葉緑体だけを残し、他の物は消化することで光合成能力を獲得したのがミドリムシなんです。
藤:名前が似ていてよく間違われるのですがミドリゾウリムシ(Paramecium bursaria)。細胞の中に緑色の粒粒が入っていますが、これはクロレラという単細胞の藻類です。それを自分の細胞の中に住まわせています。このクロレラを一旦全て除去したものにクロレラを与えると、すぐにクロレラを飲み込み、再び細胞内共生をする。 クロレラを共生させると光合成産物をクロレラからもらえるので、ゾウリムシは餌を食べなくて良くなります。 しかも光合成は酸素も作りますから、完全に密閉された容器に入れても生き続けることができるようになります。
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微分干渉顕微鏡像。
球形の緑色は共生クロレラ。
(Fujishima, Kodama, Eur. J. Protistol., 2012)

核内共生細菌ホロスポラオブツサを
大核に共生させたゾウリムシ
(Fujishima, Hoside, Zool. Sci., 1988)
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藤:細胞核を持っている細胞同士の共生を二次共生(真核共生)といいます。 この仕組みを調べる材料としてミドリゾウリムシが非常に良いのですが、反応が早過ぎてどのように共生が進むのか分からず50年も研究が止まっていました。 近年、ゾウリムシに飲み込まれたクロレラの運命を追跡できる技術をうちの学生が考え出しまして、おかげでそれからは毎日が発見ですよ。 細胞内共生の仕組みというのは他の生物の細胞内共生と共通性があると予測されますから、いろいろな応用が考えられます。 例えばもしも我々が酸素のない星に行く事態になったら、光合成人間になるというのはどうでしょうか。うちの研究室ではね、ちょっとSFチックですが、いずれそうなる可能性があるということで、今のうちからそういう技術(細胞内共生)を開発しようと、動物細胞を植物にする技術に取り組んでいます。今はミドリゾウリムシで研究してますが、ミドリゾウリムシがどのように共生を実現しているか、その仕組みを調べて、任意の組み合わせで役立つ細胞を作れるようにね。 この研究についてはこの研究室が世界で一番進んでますよ。
イ:普通のゾウリムシでもクロレラを与えたらミドリゾウリムシになりますか?
藤:なりません。消化の仕組みが少し異なり、そこがクロレラとの共生の鍵となっています。 ゾウリムシには45種もの種類がありますが、その中でクロレラと共生できる能力を持つものは僅か2種類だけです。 逆にクロレラにもゾウリムシと共生出来る能力を持つものと持たないものがあります。そこにどんな遺伝子が働いているかということを調べています。
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藤:細胞核を持っている細胞と細胞核を持っていない細胞の共生は一次共生と呼びます。 この写真のゾウリムシの核の中に棒のようなものがたくさん写っているでしょう。これはホロスポラというバクテリアです。これをモデル材料として研究しています。 ホロスポラというバクテリアは世界で唯一ゾウリムシの大核と小核の核膜を識別ができる能力を持ったバクテリアで、核膜を識別し、目的の細胞の核に入っていく ことができます。これは非常に価値のあるバクテリアで、例えばこのバクテリアの中に遺伝子を入れて核膜内に運ばせる。これは遺伝病の治療に使える可能性が あります。 今のところホロスポラはゾウリムシの核の中にしか入れませんが、ホロスポラに核膜の識別を可能にさせている遺伝子情報が判れば、バクテリアが本来入ることの出来ない生物の核にこの遺伝子を入れることでホロスポラを核内に導くことが出来ます。そしてそこに遺伝子を導入すれば、例えば生物の 品種改良や、遺伝病の治療に利用することができるのです。 標的の核の中に入っていくのに重要なタンパク質を見つけ、その遺伝子をクローニングし一次共生が成立する仕組みの究明をうちの研究室が中心になって進めています。
イ:なるほど、ゾウリムシは品種改良・医学の発展の重要な鍵を握っているのですね。 ゾウリムシの重要性が分かりました。
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ナショナルバイオリソースプロジェクト
藤:2012年6月、山口大学は第3期ナショナルバイオリソースプロジェクトに採択されました。
イ:これはどういったプロジェクトでしょう?
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藤:研究に用いられる実験材料としてのバイオリソースのうち、国が特に重要と認めたものについて、体系的な収集・保存・提供体制を整備することを目的とした国家プロジェクトです。 稲・カイコ・メダカ・酵母・ゾウリムシなどの生物が選ばれており、様々な機関がこのプロジェクトに取り組んでいます。複数機関が共同で行っている生物が多いのですがゾウリムシについては山口大学が単独で行っています。
藤:ゾウリムシは真核細胞のモデル材料として様々な研究に使用されていますが、それぞれの研究者がゾウリムシを維持し続けるのは困難です。 そういった国内外の研究者・教育者からのご要望に応じて、ゾウリムシの多様な種の中からご希望のゾウリムシをその詳細な情報と共に実費で提供しています。 例えばこの瓶(40 ml)には数万匹ものゾウリムシが入っています。 この中のゾウリムシは1匹のゾウリムシに由来するクローンです。実験にはこういったゾウリムシを使うのです。 寄せ集めの細胞だと、それぞれ個性があって反応が違う。そうなると、実験結果に再現性が得られないので研究には不向きなんです。だから実験ではどれをとっても遺伝的に完全に同じ細胞集団であることが必要なのです。
イ:1個のゾウリムシから分裂したものということですね。 ちなみに、お値段は?
藤:1瓶¥300です。実費ですのでご了承下さい。
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AnyaさんとJasminさん (ドイツのStuttgart大学から来日) 培養液を与えています。

今年は、他に3名の若手研究者が ドイツとイタリアから共同研究に来ます。 研究室の共通語は英語。
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藤:そして、ゾウリムシは、45種が登録されていますが、現在でも野外から採集可能な種は27種類です。この事業は、ゾウリムシ属の種の保存の機能も担います。絶滅前のゾウリムシを種として保存するなどね。 現在山口大学には、24種類のゾウリムシを保有しています。種の保有数は世界一ですよ。 今年中にさらに2種類を入手の予定ですので、あと1つを頑張って採取しなければなりません。 まだ日本国内では見つかってないのですが日本にもいるんじゃないかと思っています。
イ:特殊な環境に生息しているものですか
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藤:そうですね。 ゾウリムシは淡水に生息し、川を流れて海に至ると死んでしまうのですが、 この種類は、僅かに塩分を含む河口付近、つまり完全な淡水ではない所に生息する種なのです。 その為、入手出来ても維持が難しいのですよ。微妙な環境なのでね。 淡水から海水に進出しようとしているゾウリムシなんですよ。
イ:海への1歩を踏み出しているゾウリムシということですか。
藤:いつの日か太平洋に進出するゾウリムシが現れるでしょう。
イ:頑張れゾウリムシ! ですね。
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ゾウリムシの動画です。
綺麗♪
幻想的です!
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系統保存施設
藤:ここがうちの系統保存施設です。現在24種類のゾウリムシがいます。 室温はゾウリムシの適正温度の25℃、こちらの冷蔵庫は10℃に設定してあります。
イ:温度の違いはなぜなのでしょう。
藤:研究では遺伝的に同じ材料を長期間使う必要があります。 そのために遺伝的に同じこのゾウリムシたちの半分を冷蔵庫(10度)に保管することで 分裂速度をコントロールして同じ年齢のゾウリムシを確保し続けるのです。
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10℃管理の冷蔵庫、
瓶がギッシリ。 ドリンク剤の冷蔵庫みたいですね。
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イ:沢山の試験管が並んでいますね。でも肉眼でゾウリムシの形を見るのは難しいですね
藤:これは世界で一番大きなゾウリムシ パラメシウムマルチミクロヌクレアータム(P. multimicronucleatum)です。
イ:最大のゾウリムシですか!どれどれ・・・ ・・・大きいといっても・・・よく見えませんね

藤:そりゃ、大きいっていっても、肉眼で見て「大きい」と思える程には・・・(笑)
イ:(笑)あ、そうですよね
イ:ここにある種はどれでも、依頼すれば提供してくださるのですか?
藤:はい、どれでも1本¥300です。
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おまけ(ZOURIMUSHI Hunter)

藤:私はゾウリムシハンターと呼ばれているんですよ。
世界中を旅して調査してます。
今年は本気で野外採集にも力を入れますよ。
イ:ゾウリムシハンターですか!?
(なんだかワイルド♪) ところで、ゾウリムシって、どうやって捕まえるのですか?
藤:プランクトンネットという専用の地引網がありましてね、それで集めます。 ただね、ゾウリムシの天敵も一緒に入ってきちゃうから、顕微鏡で覗いて天敵に食べられる前に急いでゾウリムシを助けるんだ。
イ:ゾウリムシの天敵は何ですか?
藤:ミジンコやアメーバなどですね。天敵は多いですよ
イ:ミジンコやアメーバってゾウリムシを食べるんですか。
藤:食べます。天敵!天敵!
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左人物の持っているのが プランクトンネット。
これでゾウリムシを探します。
ここは朝から40度もありました。
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無人島での野外調査風景です。 北極圏に近く白夜でした。
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無人島には売店がないため、
雑草やキノコや魚を採って
料理します。毒キノコを食べて 危ない目にもあいました。
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おまけ(実験室見学)

イ:ゾウリムシの餌は何ですか?
藤:バクテリア入りレタスジュースです。
イ:レタスジュースは手作りですか?
藤:ええ、ここで作ります。無くなったら大量に買い取ります。うちがレタスジュースを作り始めると山口市のレタスが買い占められる。(笑) ものすごい量のレタスをダンボールで買い集めますからレタスが高い時期にレタスジュースが切れると大変です。 研究室総動員でレタスを茹でてミキサーにかけてガーゼで絞り、1kgのレタスから2Lのジュースを作ります。 冷凍保存したものを少しづつ解凍・希釈して蒸気滅菌をかけて餌のバクテリアを加 えてゾウリムシに与えます。  一度に40L以上作りますよ。 前は、スーパーに行って、ありったけ買い集めてきてたんだけど、やっぱり地域の方に迷惑かけちゃってるよねと反省して、今は問屋に注文するようにしています。
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いかにも「実験室」という雰囲気です。面白そうなものが沢山あります。 |

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<実験室棚> 棚いっぱいのゾウリムシ培養液。 種類と採取場所別に管理しています。 |
<手回し遠心機> プロペラみたいに回って、遠心力で 試験管の底にゾウリムシを集めます |
<電子レンジ> 溶けにくい薬品を溶かします。 食品に使ったら退学とか!? |

イ:光を当てているのものがありますね
藤:これがミドリゾウリムシ。光合成させてます。
イ:あ、緑色ですね。
藤:世界中の緑ゾウリムシが緑ですよ(笑)クロレラを共生させてますから
イ:食べると体に良さそうです。
藤:ミドリムシではそういう利用をしてますね。でもミドリムシほど細胞密度が高くならないのでミドリゾウリムシは人間の摂取向きにはちょっと量を取るのが難しいですが。 多くの研究者が研究に利用しているゼブラフィッシュというモデル材料がいて、この餌としてミドリゾウリムシが注目されてます。これだと動物性だけでなく植物も摂れますからね。
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イ:ミドリムシからクロレラを取り出すというお話がありましたが、どうやってやるんですか?
藤:マイクロマニプレーターていう機械の台にのせて顕微鏡で見ながらガラスの針を刺し入れます。 動くから大変。最大集中で作業。熟練の技が必要です(笑) 専用の極細針はガラス管に熱を加えて引っ張り伸ばして作ります。
イ:針も手作りですか!?
藤:ゾウリムシ専用針なんて、売ってませんよ(笑)
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マイクロマニプレーター ↑
操作には熟練の技が必要です
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写真でお見せするのは難しいです。 極細のガラス管
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インタビュー:2013年1月30日(水)10:00-12:00