石鍋の鉱物分析

石鍋の鉱物分析が照らし出す中世の社会生活

滑石製石鍋からみた中世の「人・モノ・情報」の流通 

  理学部ではもちろん理系の研究が主体に行われていますが、文系と理系の融合した学際的研究も行われています。今回は岩石学の知識が考古学の問題解明に貢献した例を紹介します。「石鍋」(写真1)というと、韓国の石焼ビビンバなどの料理を連想する方も多いと思います。

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写真1 滑石製石鍋(西海市大瀬戸歴史民俗資料館所蔵:ホゲット石鍋製作所遺跡出土)

 韓国の東出門(トンデムン)などの市場では石鍋を販売していますし、韓国料理のブームによって石鍋も身近になってきました。この石鍋は伝統的な日本料理では使われていません。しかし、石鍋は日本列島各地の古代末から中世にかけての遺跡から出土するので、石鍋は広く西日本を中心として使われていたようです(図1)。この滑石製石鍋(写真1)は,滑石のもつ軟らかく,加工しやすいことと保温性に優れているという特性を生かして製作・活用されたものです。

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図1 日本列島における滑石製石鍋の出土分布

 日本列島では滑石製石鍋の製作所遺跡としては,長崎県西海市のホゲット石鍋製作所遺跡に代表される西彼杵半島の多くの遺跡や山口県宇部市の下請川南遺跡が知られています(図1)。写真2は国史跡にも指定されているホゲット石鍋製作所遺跡で、現地で石鍋を切り出している様子が分かります。現地で露頭からほとんど鍋のような形に整形して切り出すんですね。

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写真2 ホゲット石鍋製作所遺跡(長崎県西海市大瀬戸町)

 もし、長崎と山口の生産地による滑石製石鍋の素材特性に違いが見つかれば、青森県から沖縄県までの消費遺跡(図1)で出土している石鍋の産地が特定でき、中世における「人・モノ・情報」の流通などを検討する上での重要な基礎データを提供することができるだろう。私たちのグループは両遺跡出土試料の岩石を検討し、その特性や化学組成に違いがあることを見出しました。すなわちホゲット石鍋製作所遺跡は長崎変成岩中に位置し、その試料中には滑石のほかに緑泥石を普遍的に含むのに対して、下請川南遺跡は周防変成岩中に位置しその試料は緑泥石を含まず、直閃石(写真3)を含みます。この岩石には広域変成・変形作用によって形成された劈開領域とマイクロリソンの2つの領域からなる隔間劈開が発達しています。直閃石は、隔間劈開を切って成長しており、明らかに広域変成・変形作用後に形成されたものと考えられます。遺跡から約1.5 kmのところには白亜紀の花崗岩が分布しており、直閃石は花崗岩マグマによって接触変成を受けたためにできたと考えられます。一方、西海市のホゲット石鍋製作遺跡周辺には花崗岩は分布していません。このように両者の地質の形成プロセスの違いが石鍋原材料にも記録されているのです。

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写真3 滑石製石鍋の偏光顕微鏡写真.Ath=直閃石,Tlc=滑石,ml=マイクロリソン,Cd=劈開領域

 さらに製作所跡の石鍋と消費地における石鍋の比較をすることによって多くの消費遺跡で出土している石鍋の産地推定を行った結果、瀬戸内-近畿地方にかけて広い地域に広く分布する石鍋のルーツは長崎に求められます。中世においては、長崎からもたらされた石鍋が瀬戸内海の大動脈を通じて、各地に運ばれていた様子が推定され、中世の「人・モノ・情報」の広域的な国内流通が推定されます。一方、山口県内の石鍋には宇部産の石鍋が地産地消のように使われていることから、地域的な流通であったことがわかります。地質学や岩石学の知識はこのような考古学の問題に対しても、解明の鍵を握っていることがあります。

関連文献・資料

読売新聞朝刊,2018年8月25日 西彼杵産の石鍋全国へ.

今岡照喜・森 康・楮原京子・永嶌真理子,2018.中世滑石製石鍋分類の新たな指標:熱重量・示差熱分析とH2O含有量.山口大学教育学部研究論叢,68巻(印刷中).

今岡照喜・中村徹也・早坂康隆・鈴木康之,2005.滑石製石鍋の産地同定と流通.柴垣勇夫(編),中世瀬戸内の流通と交流,塙書房 pp.223–248.

今岡照喜・中村徹也・早坂康隆・鈴木康之,2006.滑石製石鍋原材料の比較研究.考古学と自然科学,第52号,pp.1–17.