2019年6月17日

 先日は、「旧制山口高等学校100周年記念事業」に関する報告のため、現在の山口県立山口高等学校を前理学部長の松野先生と一緒に訪問しました。旧制の山口高校は現在の山口大学人文学部・理学部の前身です。旧制山口高校は30年継続し、その後、新制山口大学に引き継がれたので今年は山口大学理学部70周年となります。

 なぜ、旧制山口高校関連の報告に現在の県立山口高校に行ったかを説明します。旧制山口高等学校(現在の山口大学人文学部・理学部)は当初、現在の県立山口高等学校(山口市糸米)にありました。旧制山口高校が新制山口大学文理学部になり、その後1954年に山口市の後河原に移転するまでは、現在の県立山口高校の敷地にあったわけです。(県立山口高校は山口大学が後河原に移転直後に現在の場所に移転しました。要するに両校が校舎を交換したわけです。)したがって、現在の県立山口高校の敷地には旧制山口高等学校時代のものが多く残っております。その中でも有名なのは、現在の県立山口高校でも「記念館」として利用されている旧制山口高校の講堂(写真)があります。文化財に指定されております。現在は県立山口高校の管弦楽部の練習の場として使われています。その他、旧制山口高校50周年を記念して作られた「あゝ青春乱舞の地」の石碑、正門横の柵の跡、開校50周年、70周年記念樹、野球部全国制覇記念碑(昭和15年)等もあります(写真)。

 以上のように旧制山口高校(現山口大学)と県立山口高校はご縁があるわけです。ご縁はそれだけではありません。実はこの2つの学校は過去に同じ学校であったことがあります。県立山口高校は1870年に創立された山口中学(来年150周年)が前身であり、その後現在の山口高等学校となりました。一方で旧制山口高校(旧旧山高)は、その山口中学から分離して創立され、一旦、廃校・中断になりましたが、その後、旧制山口高等学校として復活し、現在の山口大学となりました。要に歴史的には同じ学校だった時期があるわけです。このようなご縁があるので、この度の旧制山口高校100周年記念事業の中で、それを後世に伝えていこうということになり、ご説明に山口高校へうかがいました。

 実は松野前理学部長と現理学部長の私は県立山口高校の卒業生です。高校生のときは記念館(旧制山口高校講堂)を実際に使っておりました。この度、校長先生がわざわざ中を見せてくださいました。懐かしさと同時に、とても歴史のある重厚な建物であることを再認識しました。せっかくの機会でしたので、記念に現在の県立山口高校の「至誠剛健」の石碑の前で記念写真を撮影しました。さらに、私が卒業したときの記念樹もみつけ記念撮影してもらいました。

 以上のことは8月に開催される県立山口高校の同窓会でも県立山口高校の卒業生の皆様にご紹介いただくことになっております。

20190617-1.jpg旧制山口高校講堂(現県立山口高校「記念館」)

20190617-2.jpg正門横の柵の跡


20190617-3.jpg「あゝ青春乱舞の地」の碑(50周年記念)

20190617-4.jpg野球日全国大会制覇(昭和15年)記念碑


20190617-5.jpg県立山口高校「至誠剛健」の石碑の前で
(右:松野前理学部長、左:野崎)

20190617-6.jpg野崎が県立山口高校卒業のときの記念樹